『しぜんかんきょう』創刊号

稲村ケ崎の海岸浸食問題を考える。

Interview

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許正憲プロフィール

1960 年生まれ。国立東京農工大学出身、工学博士。

流体力学、波の数学の研究を経て、海洋科学技術センターに就職、数千メートルの深海底をフィールドとする海洋研究者。サーフィンは18 歳ではじめ、現在鎌倉・稲村ケ崎在住。

地元のサーファーでもある、許正憲工学博士に訊く、
国道134 号線の海岸浸食の解決策はあるのだろうか?

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いまの稲村ケ崎の海岸崩壊を見ていると、さらにテトラポッドを入れられかねない。稲村ケ崎から坂の下側にはすでにたくさんのテトラポッドが入っているが、テトラポッドでも海岸崩壊が防げないのであれば、本来なら別の対策を考えなければいけないはずなのに、それでも新たに被害が出ると、さらにテトラポッドを入れていくというくり返し。それで道路は守られるかもしれないが、人間にとってはとても危険な存在だ。

いま、稲村ケ崎- 江ノ島間の海岸線で起きていること?

 

Q:いま、134 号線(江ノ島―稲村ケ崎間)で何が起きているのでしょうか?

許:基本的に海岸の砂浜というのは侵食と堆積をくり返してバランスをとっていますが、なにか異常なことが起きるとそのバランスが崩れて、侵食だけが一方的に進むか、堆積だけが一方的に進むということが起きます。いま、稲村ケ崎周辺の海岸では侵食がどんどん進行しています。ある時期、戻ってくるべき砂がなにかの理由で戻ってきていない状態で、侵食だけが進行しています。

Q:その原因はいくつかあると思いますが、おもな原因は何でしょうか?

許:いろいろな要因が複雑に絡んでいて、一概にこれだという原因はないと思います。海岸工学がご専門の宇田(高明)先生と稲村ケ崎から鎌高前まで砂浜を歩きながら話したことがありますが、基本的にここの海岸線の砂は東側から来ている。沖につき出ている突堤を見ると、東側のほうに砂がついていて、西側のほうが下がっていた。時期は秋だったので、冬を越して春になると、今度は西から砂が供給されるのが、供給されないで、どんどん海岸線が削られているように見えます。相模湾全体を考えると、相模川の上流にダムができて新たな砂が供給されていないのは事実ですが、この江ノ島―稲村ケ崎間の海岸線ではもっとローカルなメカニズムによるものだと思います。

Q:それはどういうことなのですか?

許:2、3 年前に続けて大きな台風が来て、海岸の砂がどっと沖に流失して、それが冬を過ぎても砂が戻ってこない。冬になると西からの季節風が強く吹いて、西からの流れが卓越してくるのですが、この西からの流れが少なかったのではないかと思います。つまり、ここ数年、冬の季節風が強くなかったからだと思います。

Q:ということは、流失した砂が沖にあるということですか?

許:そうですね、海の中を調査してみないと判断できませんが。でも沖の相模トラフの落ち込むところまで流失していたら、二度と戻ってこないとは思いますが。相模トラフはかなり沖にありますが、そこにつながるスロープがあるので、崖の下に落ちてしまえば上ってくることはありません。ただ小動(こゆるぎ)のところに砂が溜まっているという話もあるので、意外に、沿岸沿いに、右へ左へ動いているものが、ここ数年、西風があまり吹かないことで、西の流れが弱くて砂が戻っていないのではないかと思います。

Q:今年は西風がけっこう吹きました。

許:そうなんですよ。だから砂が若干戻っています。でも、たいした流れではないので、また大きな波が来たら、砂は流失します。本当に西風が少なかったのか、西の流れが局所的になかったのかは計測していないので、断定はできません。推測ですが、西風が吹かなかったことで、当てはまる現象があります。たとえば、昨年の5 月、6 月ごろに相模湾がエメラルドグリーンになったことがあって、テレビなどでも取りあげられて話題になりました。その現象は白潮(はくしお)といって、藻類の中で円石藻(えんせきそう:細胞表面に円石と呼ばれる円盤状の構造を持つ植物プランクトン)という種類の植物プランクトンのブルーミングで、円石藻は表面が炭酸カリシウ厶の殻で覆われている。ようするに小粒のサンゴ礁が海中に浮いているような感じなので、それで南国の海のようにきれいに見えたのではないかということです。では、なぜ円石藻が増えたかというと、通年この時期は、赤潮になりますが、去年の5、6月は赤潮になりませんでした。この時期、紫外線が強くなってくると藻類が一気にブルーミングする植物プランクトンなので、光合成をしてブルーミングするわけです。例年では、これが赤潮という現象なのですが、昨年は白潮でした。普通は、冬のあいだに西風が吹くと、表層100メートルぐらいまで水がかき混ぜられて、水深100 メートルほどの、栄養分が豊富な水が表層に上ってきて、海全体が富栄養(ふえいよう)といって、栄養に富んだ状態になり、冬場を越して春になり、日差しが強くなると栄養たっぷりの海に太陽の日差しが当たると赤潮がでてきます。赤潮が海全体を覆うと、円石藻は弱者なので出てこられない。ところが去年の冬はあまり西風が吹かなかったから、水がかき混ぜられなかった。それにより、いつもより栄養分が乏しい貧栄養(ひんえいよう)の状態だった。その状態で太陽の日が差すとエサがない状態で生きていけるのは円石藻なんです。それで円石藻が海全体を覆うと、それ以外の藻類が出てこられなくなった。冬場、西風が吹かなかったから、5 月に相模湾がエメラルドグリーンになり、それは西の流れが出てこなかったので砂が堆積しなかったことにつながるのではないかと推測されるわけです。また、もうひとつ、推論があります。冬に西風が吹かない。水深100 メートルの水がかき混ぜられない。栄養が少なくなるというのもありますが、冷たい水が表層に上ってこないので、水温が平年に比べて高かった。水温が比較的高いとワカメの発芽のトリガーが引かれずに、発芽しなかった。つまり、去年ワカメの収穫量が少なかったことも風が吹かなかったことが原因のひとつとして推論できるわけです。すべてが、風が吹かなかったから砂が戻らない原因につながるわけです。ここ2、3 年、冬の季節風が弱かったから、砂が戻らなかった。

Q:砂が戻らないという海岸浸食は、人にどう影響するのでしょう?

許:砂浜を利用するという観点から、もちろん人間に影響するだろうと思います。昔は、砂浜で野球ができたっていうし、稲村ケ崎に3 軒、多いときには4 軒あった海の家も砂浜が狭くなってなくなり、海水浴場として機能しなくなった。

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明治初期の稲村ケ崎全景。まだ砂がたっぷりあるが、そこには江ノ電もなく、当然国道134 号線もまだ開通していない。これが本来の稲村ケ崎の姿なのだろう。

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昭和30 年代はじめごろの稲村ケ崎の海岸。もうすでに江ノ電や国道134 号線は開通していたが、海岸は広く、ふところの深い海岸であることが見て取れる。道路の壁はいまのように垂直に切り立ってはおらず、なだらかな砂のスロープになっている。大きな波が来ても、あのあたりまで到達することはまれだったのだろう。明治の初期に撮られた稲村ケ崎の写真と比較すると、この写真には国道134 号線を通すために削られた稲村ケ崎の切り通しがぽっかり開いていることだ。かつて、この浜辺で野球ができたというほどに広い海岸線が稲村ケ崎から七里ヶ浜へと続き、夏になると、稲村ケ崎に3、4 軒の海の家が営業し、東京などからも海水浴客を訪れていたが、海岸浸食が進むにつれ、海水浴客は減少し、そして海の家は営業を休止せざるを得なくなった。海水浴場を謳っていた鎌倉の観光資源のひとつが海岸浸食とともに消失した。

発想の転換で、公共工事で「撤去する」という選択肢があってもいいと思う。

 

Q:稲村ケ崎の海岸浸食にたいして、どう環境保全を図っていけばいいのでしょうか?

許:まず砂をどうするかということですね。いろいろな場所が危険な状態になっていますが、それを一時的な外科手術みたいなもので直そうとしても、根本的に直さないともっとひどくなる恐れもあります。一時的に消波ブロックを入れたり、砂を溜めるような構造物を入れても、そこに砂が溜まっても、砂はほかの場所から移動しただけで、そこの場所の砂が流失してしまい、砂浜が痩せていき、そこを直そうとすると、またほかの場所の砂がなくなるという堂々巡りに陥るわけで、茅ヶ崎や一宮みたいにTバーだらけになってしまいます。一度、人工呼吸器を付けてしまうと、永遠に新しい延命器具を付けつづけなければならない海になってしまい、絶対に自然の状態に戻らなくなります。もし人工構造物を入れたことが原因でいろいろなことが起きるという相関がはっきりしているのであれば、その構造物を取るという選択肢もあります。いままでは「造る」というのが公共事業だったわけですが、これからは公共事業で「撤去する」という選択肢があってもいいと思います。発想の転換ということです。もしいじりたいのであれば、失敗もあるということもよく理解したうえで、復元できるように考えていかなければなりません。

Q:そういう事例はありますか?

許:カリフォルニアのベンチュラはパタゴニアの本社がある場所で、あそこのポイントは、いまは岩場になっていますが、昔は砂浜だったらしいんです。ベンチュラ川の上流にダムを造ったので完全に砂が供給されなくなって、ベンチュラの海岸に砂がなくなった。サーフライダーズ・ファンデーションは、森や川の途中の湖などすべてをひとつのシステムとしてとらえ、上流から調査して環境アセスを四季や年による違いなどを、継続的に調査をおこない、膨大なレポートを作り、行政に提出しました。これによって、まだダムは撤去されていませんが、今後、撤去する計画というところに至っています。

Q:彼らの言う「海岸のふところの深さ」という言葉はとても哲学的ですね。

許:それぞれの場所、稲村ケ崎の地形とか、もともと棚の上にどのくらい砂が溜まっているとか、湾の形状、ポケットベイになっているその形状とか、四季の波や潮の流れの変化とか、さまざまな条件がそれぞれの海岸によって異なります。そこの海岸の条件によって必要なふところの深ささえ維持されていれば、多少侵食されていても、たとえば3 年とか5 年、10年ぐらい待てば戻ってきます。ふところの深い海岸にはそのぐらいの貯蓄があるので、かならず戻ってきます。ふところの深さに余裕がない海岸は使い果たしてすでに貯蓄がないので、いったん破産してしまうともう元には戻れません。

Q:「海岸のふところの深さ」というのは、言い換えれば、陸と海のあいだに緩衝帯が必要だということですね?

許:そうですね。緩衝帯にしか棲めない生物もいるし、そこがなくなるとその生物も滅びるわけです。そこはずっと水の中ではないし、ずっとドライなわけでもない。そこがうまいバッファーになっている。

Q:砂も有限資源で、将来的には砂が枯渇するというレポートがありますが、もしかしたら深い海溝に砂が流れでている可能性はありませんか?

許:そうなんですよ。巨大地震が起こるということで南海トラフの海底も調査しているのですが、あの辺の海底土質を見ると砂泥、砂状で、サンプル調査してみると、富士川の陸側の砂と成分が同じなのです。あの辺にはあきらかに底層流があって、四国沖の南海トラフまで流れでていることがわかりました。

編集後記

許さんは、文部科学省所管の国立研究開発法人という国の機関、「海洋研究開発機構(旧海洋科学技術センター)」という研究所でおもに深海の研究をしている。彼は、この研究所に入って今年で32年目(2021 年)になるそうですが、入社した当時は「しんかい6500」という潜水船の開発や、潜水船で調査するときに必要な機材の開発に携わり、2011 年3 月11 日の東日本大震災のときは「ちきゅう」という新しい化学掘削船を使い、7,000メートルの海底からさらに1,000 メートルの孔を掘って、滑った断層にいろいろなセンサーを入れて1 年ほど計測し、あの地震がなぜあの津波を起こしたのかを解明したという。昨年、60 歳で定年退職し、現在は同じ「海洋研究開発機構」で特任上席研究員として、南鳥島の6,000 メートルの海底に眠るレアアースを取りだすためのシステムの開発に携わっている。そんな許さんが提案する『撤去する」公共工事というのは地球にとっても、また人間にとっても優しい方法なのではないだろうか。

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稲村ケ崎の側溝。かつて、稲村ケ崎の側溝も材木座や由比ヶ浜の側溝(下の写真)と同じようにしっかり砂が覆いかぶさっていた。この危険な稲村ケ崎の側溝を壊して撤去すれば、やがて砂が戻ってくるのではないだろうか。地球の治癒力に頼るために、「撤去する」公共工事は環境保全の観点からもよい選択だろう。

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材木座の側溝。材木座から由比ヶ浜にかけて、側溝がいくつかあるが、稲村ケ崎の側溝とは異なり、しっかりと砂に埋まっている。由比ヶ浜と材木座の海岸の砂の量は昔と比べてほとんど減っていないからだろう。