『しぜんかんきょう』第二号

Interview #03

神奈川県議会議員 近藤だいすけさん

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議員活動以前の26年前から田越川の清掃を続ける近藤だいすけさんの環境活動家としての原点がここにある

「山・川・海の連続性を取り戻すことが、
自然環境の保全と再生につながるのです」

自然環境問題に取り組み、まい進する神奈川県議会議員として4期目の近藤だいすけさんの原風景は大自然とともにあった。「僕は、生まれは宮城県の南蔵王の山麓の山猿なんです。自然豊かなところで生まれ育ちました。その後、父親の仕事の関係でサウジアラビアに家族で行くことになって、7年間いました。サウジは年に2度ぐらいしか雨が降らなくて、陸上の汚いものが海に流れないということもあり、前人未到の紅海の美しい珊瑚礁で毎日泳いでいました。僕は幼少の頃に自然ともろに触れ合って生きてきたので、そういう意味では、本能的に自然と共にあるということが、多分僕には植え付けられているのだと思います」

 近藤さんがサウジアラビアから逗子に引っ越してきたのは中学1年生の時で、以来逗子に住み、現在は葉山に居を移しているが、近藤さんが議員になろうと思ったきっかけは、やはり自然環境を守るためだったという。「23、24年前、逗子市は、今のように開発の手続きが厳しくなくて、ときの市長が、高さ制限の緩和、建ぺい率や容積率の緩和など、開発基準を緩和しました。海岸線に至るマンションなどもほとんどがその頃のものですし、あと斜面地を削ってどんどん宅地化されて、そのときに僕が遊んできた逗子・葉山の緑がどんどん失われるという危機感を感じました」

 近藤さんのフェイスブックを見ていると、ほぼ毎週末に海岸清掃やウニの駆除、海藻類の種付けなどのボランティア活動を続けていることがわかる。ボランティア活動と議員活動、近藤さんの人生のほぼすべてを自然環境の保全や再生に捧げているような印象すら受ける。そんな環境活動家、近藤さんが第一に自然環境を守ろうと思っている場所はどこなのだろう。「始まりは田越川からでした。議員になる前からやっていたので、川掃除を始めて今年で26年、やり続けています。最近は田越川もきれいになったので、川の清掃は年に1回です。まず海、河口エリア、そして逗子駅周辺の下流エリアと、その次は中流と上流エリアの3エリアにわかれて、市民の方々、市内在勤在住の人たちや企業に声をかけて、米軍の方も来てくれて、今年は400人ぐらいで清掃しました。回収ゴミを計っていますが、今は昔の最大のゴミ量の10分の1ほどに減っています。上流域では蛍が生息するまでに自然環境が改善しました」

 近藤さんが議員のライフワークとして取り組んでいるのが海岸浸食対策だという。「平成23年に策定された相模灘の海岸侵食対策計画ですが、この計画は僕が作ったという自負があります。神奈川県は、消波ブロックに頼らない海岸の防御を標榜しています。海岸浸食対策では、なるべくコンクリートによらない元の砂浜の状況に戻したうえで、その海岸の高潮対策だったり、防護、うしろの構造物を守る工事をしています。毎年6、7億の予算を計上して養浜対策をしています」

 ライフワークだと自負する近藤さんの海岸侵食対策のいちばんの功績は長者ケ崎の海岸保全事業だろう。「もう20年ほど前の計画でしたが、僕が県会議員になる動機になりました。その頃、僕は逗子の市会議員で、『スカウミ』というローカルサーファーのグループが相談に来ました。そのとき、長者ケ崎の国道が崩落して、応急工事をするということで、沖合に100mと120mの防潮堤のコンクリートバーを作るという計画でした。でも、防潮堤は必要ないと反対運動をはじめていて、漁師さんたちも声を上げてくれたのが大きかったんですね。結局、貝や海藻が取れるエリアだったので、漁場が死なないように、砂ではなく、今の礫養浜になりました」

 最後に、これから議員活動と個人として、近藤さんは逗子・葉山の自然環境にどういうビジョンを持っているのだろうか。「環境の部分で言うと、やはり山・川・海の連続性を取り戻したいということです。あと、自然と共生するために、住民の協力や労力を厭わないという考え方が必要です。何が言いたいかというと、行政任せにしないでくれということ。これだけ大きな海で磯焼け対策をしていますが、『そんなの、効果があるの?』と言われることですね。ただ、着眼大局で着手小局なわけですよね。だから点では、土木工事を見ない。事前に実態を見て、具体案を形にしていきたいと思います」