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持続可能な海洋開発と海洋環境を探索する新大航海時代 Part 2

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横浜のハンマーヘッドに停泊中のノルウェーの大型帆船、スターツロード・レムクル号。総重量は1.516トンで、22の帆の総面積は2.026平方メートルに及ぶ。収容人数は最大150名(ハンモック利用)

持続可能な開発のための国連海洋科学の10 年

「持続可能な開発のための国連海洋科学の10 年」とはどういう活動なのだろうか。これは2017年12月、第72回国連総会で、持続可能な開発目標(SDG14「海の豊かさを守ろう」等)を達成するため、2021-2030年の10年間に集中的に取組みを実施する「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」が採択されたことによるものだ。この実施計画では、10年間の取組みでめざす社会的成果として、「きれいな海」、「健全で回復力のある海」、「予測できる海」、「安全な海」、「持続的に収穫できる生産的な海」、「万人に開かれだれもが平等に利用できる海」、「心揺さぶる魅力的な海」の七つが掲げられており、そのために、海洋汚染の減少や海洋生態系の保全から、海洋リテラシーの向上と人類の行動変容まで10の挑戦課題に取り組むこととされている。

 10の挑戦課題とは次のようなものだ。一つ目は「海洋汚染の減少」で、汚染の状態を調べ、人への影響を把握し、汚染を減らす方法を提案すること。二つ目が「海洋生態系の保全」で、海洋生態系を理解し、監視し、生物多様性などを回復させる解決策を示すこと。三つ目は「海からの食料資源の確保」で、持続可能な食料の供給のために海の状態を監視し、理解し、新たな開発を支援し、解決策を示すこと。四つ目が「海洋経済の活性化」で、海運や沿岸域の開発など海洋経済の発展のために、科学的知見をもとに変革を支援し、対策案を示すこと。五つ目は「海と気候変動の理解と予測の促進」で、海と気候変動の理解を促進し、将来の温暖化への対策のための新たな知識を創出すること。六つ目が「海洋災害の警報」で、津波や高潮をはじめ,自然および人為起源のあらゆる海洋災害に関する早期警報システムを世界の全地域に拡張し、高度化すること。七つ目は「海洋観測の促進」で、海洋観測システムを構築して、データや情報を速やかに万人に提供すること。八つ目が「海洋情報のデジタル化の促進」で、データや情報を統合し、全人類の共通の財産として、これまでと現在、これからの海の情報を、自由で開かれた形で提供すること。九つ目は「能力の向上とデータや情報へのアクセス、知識の向上」で、新たに創出された知識とともに、だれでも海のデータや情報を利用でき、世界中で海洋科学からの海の知識を向上するようにすること。そして、最後の10番目に「リテラシーの向上と人類の行動変容」を掲げており、これは人類に対する海の価値の理解を通じて、海洋リテラシー(理解したことを利用して行動する能力)の向上をめざし、海を守る方向に人々の行動変容を促すことなど、取り組むべき10の挑戦課題をあげている。

 また2019年に大阪で行われたG20大阪サミットにおいても2050年までに海洋への新たなプラスチック流出ゼロをめざす「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」が表明されたが、「海洋のプラスチック問題とは」でも紹介したとおり、プラスチックゴミは世界中の海洋に拡散し、その集積する過程は不明な点が多く、とくにマイクロプラスチックのデータが不足している点を踏まえ、世界中の研究機関の連携・協働は喫緊の課題となっている。

 

海洋の環境調査にヨットや帆船を使うようになったいきさつ

今回、スターツロード・レムクル号がそれまで予定されていなかったパラオから日本(横浜・石垣島・沖縄)までの航海が決まった背景や海洋汚染調査にヨットや帆船を使うようになったいきさつについて、一般社団法人日本パラオ青少年セーリングクラブの統括プロデューサー、岩堀恭一さんは次のように話す。「2019年にパラオ独立25周年のイベントのひとつとして日本-パラオ親善レースが行われたのですが、以前、日本-グアムレースで15人の犠牲者が出て以来、日本では外洋レースは禁止されていて、日本-パラオ親善レースでは伴走船が並走するのであればということで許可されて、伴走船として帆船のみらいえ号が並走し、無事全艇がフィニッシュできました」

 横浜のハンマーヘッドの保税埠頭に停泊していたスターツロード・レムクル号の反対側の埠頭にはスターツロード・レムクル号の半分ほどの大きさの帆船・みらいえ号が停泊していた。みらいえ号は全長52メートル、3本マスト、帆数13枚、総トン数230トン、旅客40名、船員13名が乗り組める練習帆船で、企業の人材育成のための教育研修プログラムの一環としてセイルトレーニング等を用いた実践・体験型野外教育にこの帆船が活用されているが、岩堀さんはこのみらいえ号に伴走船として依頼をするとともに、ヨットレースと海洋調査をリンクさせられないか考えたという。日本で海洋調査を担う国の組織としていちばん大きいのが有人潜水調査船「しんかい6500」などを有する国立研究開発法人・海洋研究開発機構(JAMSTEC)だ。「JAMSTECは南太平洋地区における海洋調査ができていないのが現状で、調査のために独自に船を出すには数千万円のお金がかかる。ヨットレースの伴走船やまた出場する大型ヨットだったら観測機材を積み込むことが可能で、しかもお金はかからない。こうして2019年の12月にみらいえ号にJAMSTECの研究員が3名乗り込んで、3,200kmの全行程で100kmごとに海洋調査をしました。その後JAMSTECは『日本-パラオ親善ヨットレース2019-2020海洋マイクロプラスチック調査結果報告書』(※プレスリリース)という研究成果の発表をパラオで行い、世界中の研究者から注目を集めました」

 こうした活動を通じて岩堀さんは江ノ島ヨットクラブと連絡を取り合ったことで、江ノ島ヨットクラブで「ノルウェー国王杯」というヨットレースを毎年やっていることを知ったと言う。「1964年の東京オリンピックのとき、江ノ島で行われたヨット競技に、現在のノルウェーの国王、当時は皇太子だったハーラー(ハーラル5世)さんが出場していたんですね。彼は日本や江ノ島が気に入って、国王になられたときに再び江ノ島を訪れたんです。それで国王になられたことを記念して『ノルウェー国王杯』がはじまったんですね。それで江ノ島ヨットクラブとしても海洋問題の取り組みに参加したいということで、日本とパラオ、ノルウェーがつながったんです。そのときにノルウェーの担当者からスターツロード・レムクル号という帆船が世界一周の航海に向けてノルウェーを出港しているので、日本として何かできないかという依頼があったので、それでパラオからJAMSTECの研究員を乗せて日本まで水温の変化だとかマイクロプラスチックの海洋調査をすることにしたということです」

 この調査に関してJAMSTECの海洋生物環境影響研究センターのセンター長・藤倉克則さんは、「スターツロード・レムクル号にはパラオから沖縄まで研究員が2人乗船していますが、研究内容はアルゴフロートという観測機器を海に設置するという作業を行っています。これにより水深1,000メートルから2,000メートルのあいだの水温調査が可能となります。横浜から石垣、沖縄まではほかの研究員が乗船していて、海の表面を、網を引っ張ってマイクロプラスチックのサンプリング採取をやっています」と述べる。また、2024 年に行われる次の日本-パ

ラオ親善ヨットレースに向けてマイクロプラスチックなどの海洋調査の準備を進めていると付け加えた。

 くしくもスターツロード・レムクル号の船長スーネ・ブリンケンベアさんは「日本にも世界に誇れる2隻の大型帆船、日本丸と海王丸がある」と横浜での記者会見で話していたように、今後、スターツロード・レムクル号のように日本丸と海王丸が「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」の一環として海洋資源や海洋環境の探索に乗り出すようになれば、まさに持続可能社会をめざす日本の旗艦として世界に示すことができ、また世界においても脱炭素社会に向かう新大航海時代の幕開けとなるだろう。(文:森下茂男)

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「ワン・オーシャン・エクスペディション」の航路

 

プレスリリース:

https://www.jamstec.go.jp/spfo/j/pdf/Japan-Palau_Yacht_Race_Science_Report_20210726.pdf

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