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Interview

海洋に流失したプラスチックを研究する海洋研究開発機構(JAMSTEC) に訊く、海洋のプラスチック問題とは?

プラスチックとは何なのだろうか?一言でプラスチックといってもさまざまな種類のプラスチックが世の中に出回っている。たとえばレジ袋や食品用のラップなどはポリエチレン(PE) から作られ、ペットボトルや卵を入れる容器はポリエチレンテレフタラート(PET)から作られている。またストローや食品容器、漁網を作るのに使われているのはポリプロピレン(PP)で、消しゴムやホース、水道管はポリ塩化ビニール(PVC)、そしてコンタクトレンズや定規、水槽などはアクリル樹脂(PMMA)から作られている。

 今回は、世の中に出回っているこの100 種類以上のプラスチックのなかで、とくに海洋に流失したプラスチックを研究している国立研究開発法人・海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)の海洋生物環境影響研究センターのセンター長・藤倉克則さんにお会いしてさまざまな疑問に答えていただいた。

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相模湾の海底のレジ袋と深海魚

1999年の相模湾水深1,344mの海底にある大量のレジ袋 ©JAMSTEC

現在、プラスチックは人間が生きるうえで必要不可欠な存在になっている。

プラスチックが人間の生活に不可欠な存在になった今、プラスチックとどう付き合っていけばいいのだろうか?藤倉さんは次のように語る。「大前提として、プラスチックは私たちが生きるうえで絶対に必要な素材なんです。プラスチックがなかったら、これだけの人口や寿命は絶対支えられなくて、たとえば今、皆さんが使っているマスクだって作れなくなる。プラスチックは1950 年代から大量生産が始まって使われはじめたのですが、それ以前は使っていなかったわけですから、木材や金属など当然使えるものはあります。でも今さらそれを使うかっていうことになるわけですよ、経済的に資源的に。なんといっても、プラスチックは安くて硬くて軽くていろいろな形にすることができて、しかも丈夫というすごいメリットがあります」

 ただプラスチックには今起きている海洋のプラスチック汚染など、さまざまなカタチで自然環境に負荷がかかっている。「そうです。ただ、二酸化炭素問題と一緒で、結局便利さの副作用です。便利な生活を求めたすえに、今は自分たちの首を絞めているという状況にあります。あらゆる環境問題はそうですが、プラスチックもまた10 年前まで注目されていなかったわけですが、『このまま使い続け環境中に流失するとまずいことになるので、ちょっと待てよ』というのが今の世界の状況です」

 

今、注目されている海洋のマイクロプラスチック汚染問題とは。

さて、全世界で1 年間に生産されるプラスチック製品は4.6 億トン(日本は約1,000 万トン/2019 年)と言われており、そのうちの3.5 億トンがプラスチックゴミになり、その中の1,000 万トンが海に流れだしていると推測されている。日本の年間のプラスチックゴミの廃棄量は850 万トン(2019 年)で、全世界では日本のプラスチックゴミ以上の量が海に流れ出ている計算になる。この海洋に流れ出たプラスチックは紫外線などの経年劣化などでどんどんと小さくなり、それを食べてしまう魚などの海洋生物と、マイクロプラスチックに汚染された魚を食べている私たち人間の二次被害など、さまざまな社会問題が提起されている。マイクロプラスチックとはどう定義されているのだろうか。

 「マイクロプラスチックの大きさは世界的に決まっていて、5 ミリより小さいサイズをマイクロプラスチックと呼んでいて、1 ミクロンより小さくなってしまうと、今度はナノプラスチックという呼び方になっています」。藤倉さんの部署にもナノプラスチックを担当する研究者

がひとり在籍しているとのことだが、ナノプラスチックになると計測するのも難しくなり苦労しているようだ。

 この海洋に流失したマイクロプラスチックだが、その作られ方にはふたつの要因があると藤倉さんは話す。「基本的にマイクロプラスチックはふたつのタイプにわかれます。最初から小さなマイクロプラスチックは、例えば、歯磨き粉や化粧品に入れていたマイクロビーズ、あとはプラスチックを作る原料は5 ミリほどのペレット状で、船に積み下ろし時や航海の途中で海に流れてしまう。それらが一次マイクロプラスチックと呼ばれます。もうひとつは、二次マイクロプラスチックと呼ばれているもので、いわゆる陸上も含めて大量のプラスチックゴミが出ていますが、それが紫外線や熱、風や波などの物理的な破壊によって細かくなってしまったものが二次マイクロプラスチックで、おそらく後者の方が多いと思います」。また海洋のマイクロプラスチックには漁網などの漁具やタバコのフィルターに使われているプラスチック繊維などもマイクロプラスチック汚染のひとつとなっているという。

 それでは、このマイクロプラスチックが海洋に及ぼす影響のひとつとして、温暖化はあるのだろうか?藤倉さんはそういった研究レポートはないと否定する。それよりも地球温暖化を引き起こす要因は、ほとんどのプラスチックゴミが燃やされていることだと断じる。「とくに日本は焼却処分されているほうが多いので、焼却すれば当然二酸化炭素が出るし、なかには有害物質も出る。CO2 をたくさん出すので、温暖化に繋がるということはある」

 また藤倉さんはプラスチックゴミについて次のように語る。「今、世界的に見てプラスチックゴミはどうなっているかというと、全体の10% はリサイクルされ、14% は燃やされていて、残りの76% は埋め立てたり、あとは捨てられて自然界に流れています。日本はちょっと異質で、70% は焼却しています。またサーマルリサイクルと称して、発電に使ったり温水プールの熱源にしています。しかし、プラスチックからまたプラスチックを作ればリサイクルですが、燃やしてエネルギーにしてしまうと二酸化炭素を出してしまうわけで、世界的にはリサイクルとして認められない状況です。また日本国内では8% がリサイクルしています。海外に26% 輸出していましたが、今、海外ではプラスチックゴミを受けとることを止めているので、いろいろな場所に溜まっていると思います。そうなると、日本はやはり燃やすか埋め立てるしかありません」

 環境団体のグリーンピースは、アメリカにおけるプラスチックのリサイクルの現状をレポートしており、実際にリサイクルされているプラスチックは5% しかなく、あとは埋め立てられるか焼却されているという。また、OECD の報告書によると、プラスチックゴミの22% が管理されずに野外に放置され、燃やされたり河川や海に流失しているという。

 

イクロプラスチックが海洋生物に及ぼす影響とは。

現在の海洋のマイクロプラスチック汚染は海洋の生物に及ぼす影響はどの程度なのだろうか?藤倉さんは、今の段階はどのくらい深刻なのかよくわからない状況だと言う。「プロパガンダというかエモーショナルにわかりやすいのは、漁具に魚が絡まっていますとか、いろいろな魚がプラスチックを食べていますとか、死んだクジラのお腹を裂いたら、プラスチックがいっぱい出てきましたということで、それはとても衝撃的です。実は私たちも間接的にプラスチックをいっぱい食べているわけですが、普通は大便で出ているので、問題はない。でも、プラスチックは消化されないので、たまに消化器官内を詰まらせてしまうと、おなかの中はプラスチックでいっぱいになって、基本的にずっと満腹状態なので、食べ物を食べなくなり栄養失調で死んでしまうというケースはあるということです」

 マイクロプラスチックを食べたことによってたまたま死んだ海洋生物よりも研究者が深刻に受け止めているのはプラスチックによる生物への化学汚染だ。「元々、プラスチックは何もしなかったら、ある意味すごく安定していて、科学的には無害です。ただプラスチックは固いとか丈夫という性質がある。これは便利なものですが、いっぽうで熱に弱い、紫外線に弱い、硬すぎるという欠点がある。そのために、製品にするときに紫外線に強い薬剤を入れたり熱に強い薬品を入れる。またプラスチックは燃えやすいので、燃えにくくする薬品を加えるとか、柔らかくするために薬を入れる。すべてが問題ではないのですが、その中でいくつかはいわゆる環境ホルモンのような働きをする薬品や生物に悪い影響を与える添加剤があるかなどを調べています」と藤倉さんは懸念を示す。

 また、さらに深刻な問題がこれら化学物質の生物濃縮という生態系、とくに私たち人間への影響だという。とくに生物濃縮は食物連鎖と密接な関連があるからだ。「化学物質が生態系の中に取り込まれたりする生物濃縮という問題が起きます。プラスチックが厄介なのは、海の中で漂っているあいだに、昔私たちが作り出してしまった有害物質、PCB とかDDT など、今は作ることも使うことも禁止されていますが、昔散々作ったものが海の中にあり、プラスチックはそれら有害物質を吸着するという性質があります。元々添加されているものや吸着した化学物質を含んだプラスチックを生き物が食べるとわずかかもしれませんが、体の中に溜まるわけです。ただ溜まるぶんにはたいしたことはないのですが、生物濃縮というのは食物連鎖の中でどんどん高濃度になっていきます。例えば、1 のPCB が海の中にあったとして、食物連鎖で5 段階上にあがると、2,500 万倍まで高くなります。私たち、海の生物を食べているのは、たいがい食物連鎖の上のほうにいるものを食べているので、これ以上増えてしまうとその生物汚染が進んで、私たち人間にも影響してくるということです」

 

海洋のプラスチック汚染は放射能汚染並みの恐ろしさ。

いちばん厄介な海洋のプラスチックの問題はその丈夫さだ。海の中でプラスチックが完全に溶ける段階までどのくらい時間がかかるのか、研究者でもいまだにわからないと言う。「完全に溶けるというのは、水と二酸化炭素になるまでの段階を言います。プラスチックはナノレベルなどどんどん細かくはなっていきますが、溶けるとか分解されるという最終段階までどのぐらい時間がかかるのかわからないのです。私たちは1950 年ぐらいからプラスチックを使いはじめて、その時点のプラスチックはまだ少なくとも分解されずに残っているので、この先、何百年何千年かかるかわからない。しかもこの広い海に1 回出てしまったプラスチック、とくにマイクロプラスチックも含めて広くて深い海から回収するというのは、おそらく現実的ではない。ということは、何もしなかったらどんどんどんどん増えてしまう。2050 年にはそれこそ魚の量を越してしまうという試算も発表されている。そうなると、当然、海の生き物はプラスチックに接する機会が増えるので、汚染が進んでしまってとんでもないことになるということです。また当然、海がプラスチックだらけになったら、エンジンが冷却できなくなり船は走れなくなる。また、きれいな海が観光資源になっている国や島がプラスチックで汚染されたら、そんな海に誰も行かなくなるなど、環境面だけではなく経済的にも相当な影響が出てきてしまう。船が運航できなくなれば流通にまで影響しますので、手遅れになる前に何とかしないといけないというのが、現状です」と何もしなければプラスチックの海洋汚染の絶望的な近未来を藤倉さんは心配する。

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房総沖の海底

房総沖水深5,700mの海底にあるハンバーグの袋。製造年月日は昭和59年9月 ©JAMSTEC

99%のミッシングプラスチック。

現在、世界中の海に少なくとも2,500万トンのプラスチックが流れ出ていると推測され、そのうちの26万トンのプラスチックが海の表面に浮いていると推定されている。残りの2,474万トンがどこに行ったのか説明がつかないと藤倉さんは打ち明ける。「今、 海に流れ出たプラス

チックが外洋にたくさん浮いているはずなのに、科学的には1% しか説明できません。残りの99% のプラスチックゴミはどこへ行ったかわからないミッシング・プラスチックという状態です。私たちの研究はその実態を正確に把握し、将来はどうなるのかを精度よく予測することです。99% のミッシング・プラスチックは説明できていないというのは、海が広すぎて世界中の研究機関で海を調査したところでたかがしれているということです。海洋のほんのわずかしか調査できていません。調査できていないところにプラスチックがまだたくさんあります。ただ世界中の研究機関を網羅させてもすべてをカバーするのは難しい。外洋にはヨットなど民間の船舶が数多く航海していますので、そういう人たちに協力していただいてデータを集められないか、取っ掛かりとしてノルウェーの大型帆船“スターツロード・レムクル号” の世界一周航海に併せて、共同調査を実施したところです。また2023年から24年にパラオまでのヨットレースがあるので、今準備をしています」

 藤倉さんはその99%のミッシングプラスチックを特定すべく、行動に移している。「私たちが考えているのは3 つあって、ひとつめは日本の沖合もそうですが、まだきちんと調査ができてないところにいっぱいあるということ。深海に沈んでしまったのではないかということ。調査するときに網を引いてサンプルを取って解析しますが、網の目合(まぐあい)は300ミクロン、0.3ミリで、それ以上細かくすると、目が詰まって使えないので、300ミクロン以上のプラスチックしか評価できない。それ以下の小さなプラスチックが抜けているので、3つ目の原因として、プラスチックはもっと小さくなっているという仮説が立ちます。以上、3つぐらいの可能性があって、今のところ、私たちJAMSTECではまだ調査できてない深海などをふくめて調査活動をおこなっている最中です」

 そして、すでに藤倉さんたちJAMSTECの調査活動の研究成果が現れていると自信をのぞかせる。「プラスチックはどこにでも集まるわけではなくて、洗濯機を想像してもらえばわかると思いますが、渦の真ん中に集まります。海洋で渦のあるところを探せばプラスチックが見つかる可能性があります。たとえば、太平洋の東側に有名なグレートパシフィック・ゴミパッチという場所があって、名前のとおりゴミの集積場になっています。日本では房総の沖合に渦があり、桁違いに多いゴミが見つかりました。とりあえず研究成果としてプレスリリース(※)してあります。ゴミの量の多さの理由は簡単で、世界で一番ゴミを出しているところが東アジアの国で、その周辺に黒潮が流れているので、ゴミが黒潮に乗ってやってきて、その黒潮から反転の渦ができるので、そこにいっぱい溜まっていました。しかも”しんかい6500”という

有人潜水調査船で深海まで潜ってみると、海底にもたくさんのゴミがありました。世界の深海の中でも密度としては一番高いぐらいプラスチックがありました」

 房総沖以上に怖い調査報告もあると藤倉さんは声を落とす。「もっと怖いのは、もう30年以上前から相模湾と駿河湾の深海にはレジ袋だらけになっています。吹きだまりのようにレジ袋が溜まっています。さっき言ったように、世界ではどういう取り組みがあるかというと、SDGsの14番というのは海ですが、その中に10項目の目標がありますが、その1丁目1番地は海洋汚染で、2030年までに海洋汚染を今より減らしましょうということになっているので、それがまさにプラスチックゴミなのです」

 

海洋プラスチック汚染の解決方法とは。

少なくとも2,500万トンもの海洋に流れ出たプラスチック汚染を解決する方法はあるのだろうか。地球の2/3を占める世界中の海からプラスチックゴミを回収するという途方もない夢のような方法を信じることはできないが、専門家はどう考えているのだろうか。「理想は、生態系や生物に影響を与えずに、海の中のプラスチックを全部回収してしまうということですね。それからプラスチックを海に出さないようにすること。あとは、たとえ海や自然環境に流失したとしてもすぐに二酸化炭素と水に分解されてしまうような素材でプラスチックを作ることです」と、藤倉さんは語る。

 王立オランダ海洋研究所の論文のなかで、海洋のプラスチックの分解を助けているらしい細菌の存在を報告している。この研究によると、細菌が分解するポリマー量を推計したところ年間1.2%となったそうで、ミッシングプラスチックの謎のひとつとしてこういった細菌や微生物の存在を推測している。藤倉さんは言う。「はい、研究しています。プラスチックそのものを分解する微生物はそれほど多くありません。むしろ、生分解性プラスチックといって、逆に微生物に分解されやすいプラスチックを作るという研究をしていますが、実際もう実用化されて、世の中に少し出回っています。しかし、それにはコンポストのように分解してくれる微生物がたくさんいることと、温度が50℃とか60℃という条件が必要です。でも、海の中は少しでも潜ると温度は低いし微生物はいないので、生分解性が基本的に働きません。そういう条件でも働くような、代替素材を作る必要があります」

 また、陸上で生活をする私たち人間ができることがたくさんあると説得する。「海洋に流れ出るプラスチックは基本的に使い捨てのプラスチックです。例えばマスクもそうですし、いろいろな食品を梱包する梱包材やレジ袋です。ペットボトルを含めて使い捨てのプラスチックを減らさなくはいけません。しかし、リサイクルは多大なマンパワーと費用がかかるうえに、1回時間稼ぎができる程度のことでしかありません。例えば、100%海に出てしまうのを、95%まだ陸上に置いておけるという状況を作っているだけです。また、プラスチックを捨てる場合、所定の場所に捨ててくれれば海や自然界に流れ出ることはありません」

 環境に多大な負荷をかけているこのプラスチック問題を少しでも解消するには、私たち自身の意識と行動にかかっているということなのだ。(文:森下茂男)

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)

1971年に設立された海洋立国日本が世界に誇る海洋研究機関が「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」だ。宇宙のJAXA(宇宙航空研究開発機構)に対する海洋・深海のJAMSTECという日本の頭脳の二大巨頭といえよう。

JAMSTEC はJapan Agency for Marine-Earth Science and Technology の略で、「海洋」と「地球」を対象に「科学」と「技術」によって調査・研究する日本の海洋科学技術の研究機関だ。本部は神奈川県横須賀市にあり、日本全国5ヶ所に研究所や事業所などの拠点を持ち、職員数はおよそ1,000名が在籍している。

 

https://www.jamstec.go.jp/j/

藤倉克則プロフィール

1964年栃木県生まれ。1988年海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)入所、研究副主幹、チームリーダー、研究分野長などを経て2019年から海洋生物環境影響研究センター長。日本大学非常勤講師、広島大学客員助教授、東京海洋大学連携大学院客員教授、東北大学連携大学院客員教授、東海大学非常勤教員など歴任。

藤倉フィールドワーク

無人探査機ROV や有人潜水調査船「しんかい6500」などを使った深海生物フィールド調査。

(※)プレスリリース:

https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20210330/

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