Interview
炭素を知り、地球温暖化を考える。
先頃、日本において2050 年のカーボンゼロ(注)実現をめざすと、日本政府は世界に約束しました。地球温暖化の原因のひとつである温室効果ガス、とくに二酸化炭素(以下、CO₂)の削減は喫緊の課題ともいえます。私たちはCO₂を含む温室効果ガスの削減に向けて努力を続けていかねばなりませんが、まずは私たちヒトが呼吸するたびに排出するCO₂を知る必要があります。二酸化炭素= CO₂は、ひとつの炭素原子=Cとふたつの酸素原子= O₂で構成される分子で、炭素の酸化物のひとつで、日本政府が打ち出したカーボンゼロのカーボンはこのCO₂由来の炭素を表しています。今回は、炭素循環や北極の炭素量の研究が専門の国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)の地球環境部門・北極環境変動総合研究センター・北極化学物質循環研究グループの小林秀樹(工学/ 博士)さんにナビゲートしていただき、炭素やCO₂、また北極域での温暖化の影響などについて幅広く解説してもらいました。
(注)カーボンゼロ:二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量をゼロにするのではなく、排出量と吸収量を差し引いた際にゼロの状態になっていることをさしています。別名カーボンニュートラル。
海氷の上を歩くホッキョクグマ 写真提供:山口 一/東京大学名誉教授
炭素は、生物を構成する主要な元素となっている。
まず、炭素とは何なのだろうという基本的な知識を再確認しよう。小林さんによると、炭素は元素記号C で表記される元素のひとつで、それ自体では存在しておらず、たとえば二酸化炭素= CO₂など、ほかの元素などと結合して存在しているという。ちなみにCO₂は空気中に存在している無色無臭の気体で、人間や動植物などの呼吸や有機物の燃焼によって大気中に排出されている。
それでは、CO₂などが温暖化の原因のひとつとして負の側面ばかりがクローズアップされている炭素だが、その役割とは何なのだろう。小林さんは次のように解説する。「炭素の地球上での存在量は酸素(O)やケイ素(Si)のように多くはありませんが、生物の体を構成する主要な元素として役立っています。また、大気中に炭素が、ガス(気体)や有機物(エアロゾル)として存在し、その量が増減することで太陽からの日射の反射・遮断効果や地球からの輻射エネルギーが地球外に逃げていく量を増減させるという役割があります」
炭素は生物にとって、酸素や水素、窒素と並んでもっとも重要な元素のひとつで、炭素は光合成によって同化され、この同化された炭素(炭水化物のこと)をすべての生物が利用しているという。地球上の陸上植物による炭素の同化量は112~169Pg(ペタは10 の15 乗)にのぼるという研究報告がある(Anav et al 2015)。それでは、生物の体を構成する主要な元素、炭素はどういったかたちで存在しているのだろうか。「基本的に人間だけではなくて生物の体は多くの有機物で構成されていて、たとえばDNAみたいなものから始まって、細胞をつくるものすべてに炭素がつながっているというところで、炭素は構成要素となっていると思います」と小林さんは説明する。子どもの科学のウエブサイトでは「体をつくる成分は、筋肉や骨はタンパク質、脂肪は脂質で構成されているが、これらの物質は炭素や水素、酸素などがいくつもつながり合ってできた分子と呼ばれるもの(Koka Net)」と解説している。またほかにも、遺伝情報を伝えるDNAやRNA、体のエネルギー源になる砂糖などの糖分や、体のすみずみに指令を伝えるホルモンなど数多くの分子が、炭素をベースとしてでき上がっている。人間の体の約60%は水だが、残りの約半分は炭素が占めているという。
炭素循環のバランスが崩れた地球の現在地。
18 世紀半ばから19 世紀にかけて起きた産業革命以降、地中に埋め込まれていた化石燃料(石油・天然ガス・石炭など)が大量に消費されるようになり、大気中のCO₂濃度は今も上昇を続けている。化石燃料には炭素が多く含まれていて、これが燃焼することにより、炭素が酸素と結びつきCO₂が放出されているからだ。こうしてCO₂は温室効果ガスの主要なひとつとして地球温暖化の原因になっている。
小林さんは、温室効果ガスとしてのCO₂を「CO₂は、地球からの輻射エネルギーの主な波長帯である、熱赤外と呼ばれる電磁波領域の光を吸収します。大気中のCO₂が増加すると、地球表層から放射される輻射エネルギーがより大気中で吸収され、地球の表層に熱がこもってしまうことになります。このため温室効果ガスと呼ばれています。CO₂は主要な温室効果ガスのひとつ」と解説する。人間活動によって増加した主な温室効果ガスには、CO₂、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(亜酸化窒素、N₂O)、フロン類などがある。
産業革命以前には植物など生物によるCO₂吸収と放出はバランスがとれていた。小林さんも次のように言う。「地球上に存在する炭素の総量はほぼ変わらないのではないかと思われますが、地中に埋もれて固定されているか、大気中に出ていくかというバランスの問題だと思います。そして氷河期が終わって、温暖な世界がきてから産業革命が始まる1800年代半ばまでは比較的安定していましたが、地下に埋もれている化石燃料などの炭素を燃料として使い、大気中に出すので増えているのだと思います」
地球上のCO₂の捉え方のひとつとして炭素循環という考え方がある。「炭素原子は、地球表層で形を変えて巡っています。陸上の植物や海洋のプランクトンは、光合成活動で大気中のCO₂を吸収して、生物の体をつくり生命を維持します。植物や植物を食べて生きている動物の死骸はやがて腐食・分解され、その過程でCO₂として再び、その一部が大気に放出されます。これに加えて主に数千万年前から数億年以上の生物の遺骸が元になっている化石燃料を地中深くから取り出して燃焼させると、地中深くに埋まっていた炭素が大気中に放出されることになります。その一部は、植物が光合成として吸収するなどして再び地表に固定されますが、化石燃料の利用が増えるほど、大気にとどまる量も増えることになります」と小林さんは解説する。
国立環境研究所地球環境研究センターによると、化石燃料の燃焼やセメント生産による人為起源のCO₂発生量はある程度正確にわかっており、1850 年から2004 年までの合計量は3120 億トンとされているという。また森林伐採などにより放出された分は1550 億トン程度と推定され、その合計は4670 億トンになり、大気のCO₂濃度を217ppm 増加させる計算になる。ところが実際の大気中のCO₂は、この間287ppm から377ppm まで、90ppm の増加が観測されており、この差の濃度分(127ppm:量にすると2730 億トン)は、大気に蓄積せず自然界のどこかへ吸収されたことになると報告している。
現在、ヒトの営みを含む地球上の大気中に排出されるCO₂量は1 年間で96億トンとされている。そのいっぽうで地上の植物などによるCO₂吸収量は29億トン、また海洋によるCO₂吸収量が19 億トンで、その差の52 億トンが大気中に残存し、地球温暖化を進行させ続けている。主にヒトの不作為の行いにより炭素循環のバランスが崩れ、温暖化が進行してしまった今の地球の姿がある。
ポーカーフラットリサーチレンジ(PFRR)フラックス観測スーパーサイト
アラスカ大学と共同で2010 年からCO₂などの観測を続けている。ここで行われている永久凍土の融解実験は、今後50~100 年の近未来で起こりえる永久凍土消失までの環境変化を再現して、そのプロセスを理解するために行われている。人がアクセスすることの難しい極寒の北極域で、永久凍土 を長期間暖めて融解させる野外実験は、大きな電力を必要とするため、これまで実施されてこなかった。この実験もアラスカ大学と共同で実施される。©JAMSTEC
地球温暖化研究の最前線、北極域。
最近のさまざまな研究によると、北極域周辺では、全球平均の2倍以上(最近では3~4倍とも言われている)温暖化が進行している。JAMSTEC の広報誌『Blue Earth170 号―特集:加速する北極域研究』号では、北極域での地球温暖化研究の意義を「全球平均の2 倍以上の速度で温暖化が進行している北極域。北極域の変化を捉え、変化のメカニズムを理解し、影響や将来を予測することが必要である」と記述している。
小林さんの研究テーマは「急速な温暖化により、北極圏周辺の陸域ではどのような変化が起きているのか」というものだ。彼は2010 年からアラスカ州フェアバンクス郊外の森林で、アラスカ大学と共同で研究を進めている。「北極圏と言われる白夜があるところは北緯66 度よりも北の区域なのですが、フェアバンクスはそれよりも若干南に位置しています。そこはすごく小さいのですが常緑針葉樹に覆われていて、我々日本人にとっては森とは言えないような低木がまばらに分布する森があって、そこに気象観測の建物を建ててあって、そこで気象観測をしたり、温室効果ガスの変化を測ったりしています。そのデータを使ってそこにある森林の生態系がCO₂を吸収しているのか放出しているのかを長期にわたって観測して分析をしているというような研究をしています」と小林さんは言う。
この北極域での温暖化の進行が早い理由として、小林さんは「北極の海氷や氷河・雪が融解し、海面や雪の存在しない陸地の割合が増えることで太陽の光をより吸収し、地表の温度が北極周辺以外と比べて上昇していると考えられています。北極温暖化増幅とよばれています」と説明する。JAMSTEC の観測データによれば、北極周辺では降雨や高温などの極端現象が増えているという。1971 年から2019年にかけて北極の地表付近の気温は年平均で3.1℃上昇したが、全球平均では約1.1℃しか上昇していない。つまり、北極域での温暖化による影響をもっとも受けやすいのが永久凍土の融解だろう。これにより、永久凍土に埋め込まれていた炭素がふたたびCO₂やメタンガスとして大気に放出されているという。
「永久凍土に埋め込まれている炭素は主に植物や動物の遺骸が元になっています。北極域の永久凍土は、ツンドラや亜寒帯森林地帯に存在します。ツンドラの低木や草本、森林地帯のトウヒなどの常緑針葉樹、カラマツなどの落葉針葉樹が主な植物です。また、炭素の量は諸説ありますが、IPCC(注)の報告書によると全球の永久凍土の中の炭素量は、1400Pg 程度と見積もられています」と、小林さんは懸念を示す。
国立環境研究所のホームページ(※)上の「地球環境研究センターニュース」によると、永久凍土とは地下の温度が2年以上連続して0°C 以下になる土壌層のことを差し、夏に気温が上がって、地表付近の温度が0°C を超えても、その地下で温度が0°C を下回って凍土として存在している。また、永久凍土が存在する領域は、北半球陸域の25%程度を占め、温室効果ガスであるメタンやCO₂をはじめ、さまざまな有機物が大量に含まれおり、地球温暖化によって永久凍土が融解すると、温室効果ガスが大気中にさらに放出され、温暖化を加速させることが懸念されている。しかしこの過程についての理解がじゅうぶんに進んでいないために、将来の気候予測の大きな不確定要素となっていると、国立環境研究所は研究レポートを発表している。
この永久凍土に埋め込まれている炭素量は予測可能なのだろうか。小林さんは「こういう推定値はどこまで正しいかはまだよくわかっていません。いくつかの観測値での数値と地図を掛け合わせるとそういう数値になるかなということだと思います。非常にたくさんの炭素が埋め込まれているということですね」と、まだじゅうぶんに解明されていないと言う。CBC News によると、永久凍土から放出されるCO₂の量は年間17 億トンに及ぶとされ、ある試算によると、永久凍土には現在、大気中の炭素量の2 倍以上に相当する約1 兆6000 億トンもの炭素量が埋め込まれているという(Nature/2021-03-18)。
この永久凍土の融解によってCO₂を放出する有機物とメタンを放出する有機物に違いはあるのだろうか。「IPCC の報告書によると、凍土融解によって大気に放出される炭素の量は気温の上昇1℃あたり、3~41Pg と見積もられています。推定値の幅が非常に大きく、そもそも炭素放出のプロセスが完全には理解されていないことから、よくわかっていないというのが現状です。CO₂とメタンは、それぞれことなる微生物の活動によって生成されます。湿地や池などの下などで大気中の酸素がよく行き渡らないところでは、メタンが生成されやすくなります。また、森林などの比較的乾いた土地ではCO₂がより多く放出されます」と、小林さんは解説する。
小林さんたち研究チームは、永久凍土が融けると、森林生態系とCO₂吸収量はどのように変化するのかを調べるために永久凍土にヒーターを埋め込み、直径6m の円の範囲を3~5 年間にわたり融解させる実験を開始したところだ。「土壌中の水分量によってCO₂やメタンの大気への放出量が変わります。私たちは凍土の融解実験により、土壌の温暖化や乾燥化がどのように進み、CO₂とメタンの大気への放出量がどう変わっていくのかを時系列で調べる計画です。この実験は、ツンドラ地帯を覆う永久凍土の融解で発生するCO₂やメタンの量を推定するうえでも重要な知見となるはずです」
小林さんたちの研究により、永久凍土における炭素埋蔵量の推定値の振れ幅が小さくなっていくはずで、温暖化予知に役立つはずだ。この研究における予測をどう考えているのだろうか。「永久凍土が溶けるとCO₂がより出てくるというシナリオは多くの研究者で共通認識です。シナリオはあるのですけど、地球環境問題に答えていくためには計量的な情報を出すことがいちばん重要なので、それが何ペタグラム(Pg)なのか、その出し方が大きければ推定したことにならないので、そういうところでより具体的な数字を出していくということですかね。それが重要かなと思います」と、小林さんは期待を込めて話す。
凍土融解による光合成変化やメタン・CO₂放出量を探る。
北極域の植物のCO₂の吸収と放出の差はどのぐらいあるのだろうか。また、北極域の植物と日本などの温暖な地域の植物のCO₂の吸収量の差はどのくらいあるのだろうか。小林さんの研究の本丸だ。「北極域は比較的寒冷な場所なので、光合成によって吸収するCO₂の量も、呼吸によって放出する量もそれぞれが、場所によって違いはありますが、温暖な地域に比べて少ないです。いままでの研究をみると、光合成で吸収する量と呼吸で出ていく量はだいたい同じなのですが、少し吸収する量のほうが多いかなという程度です。温暖化が起こってくると、当初は温暖になることで吸収量が増えると考えられてきましたが、最近の研究では地域によっては放出の量のほうが多くなるということがわかってきつつあります。いずれにしてもバランスが大きく変わってくる可能性が高いです」と小林さんは声を落とす。
大気からCO₂を吸収する量と、生物が呼吸をすることによって放出するCO₂の量をわずかに上回っているとはどういうことなのだろう。それは北極域だけの傾向なのだろうか。「温暖化を進行させないためには大気中のCO₂をこれ以上増やさないことが重要です。植物は光合成により大気中のCO₂を吸収すると同時に、人間と同様に呼吸によってCO₂を放出します。また、土壌からは微生物の分解でCO₂が放出されます。もし、光合成による吸収量より、こうした生物活動によるCO₂の放出量が多ければ、大気中にはどんどんCO₂が溜まっていくということになります。この特徴は北極圏だけということではありませんが、北極域では温暖化の進行がより深刻なので、CO₂の吸収・放出のバランスが他の地域よりもより早く変化することが予想され、その理解は非常に重要です」
永久凍土の融解でもうひとつの影響は、地中の温度が上がることで土壌中の水分が蒸発して乾燥化が進み、光合成が抑制されてCO₂吸収量が低下する可能性があるということなのだろう。「気温や地中の温度が上がると、地中の水がより蒸発しやすくなります。そうすると土壌中の水がどんどんなくなり、土壌が乾燥していくことが懸念されています。土壌が乾燥すると、植物がうまく生育できなくなるので、光合成によるCO₂吸収量が減ってしまうというプロセスです」と、小林さんは答える。これは、小林さんたちによって予測が覆された研究成果のひとつだ。「温暖化が進行すると、この北極域でも植物の光合成が活発になり、CO₂の吸収量が増えるだろうと予想されていましたが、最近では、地中の温度が上がることで土壌中の水分が蒸発して乾燥化が進み、光合成が抑制されてCO₂吸収量が低下する可能性も指摘されてはじめています」
物理学と生物学の融合によって温暖化などによる生態系の役割の理解を深める。
北極圏の森林によるCO₂吸収などをテーマにした物理学と生物学を融合した研究も進められている。「北極域にかぎらず、地球上の森林はその土地の気候や環境に適応して生存しています。ただし、与えられた環境にたいして森林が一方的に適応するという一方向の関係ではありません。森林が存在することで、周辺の気候が温暖になり(砂漠のように極端な低温、高温になりづらい)、CO₂を吸収し、また土壌をつくります。こうした森林周辺の気候は、光、水、熱の物理的な移動現象として記述することができます。つまり、こうした光、水、熱の移動の物理と生物の相互作用を理解することで、地球温暖化などの気候変動にたいする地球上の生態系の役割を理解することができます」と小林さんは解説する。
森林周辺の気候は、光、水、熱の物理的な移動現象として記述することができるとはどういうことなのだろうか。「たとえば砂漠というところは植物がなくて、砂地になっているところですが、そういうところは寒暖の差が激しくて、光があたらないと非常に低温になる。しかし、太陽が出て光が当たると高温になり、灼熱の地獄になります。地球上の同じような緯度帯、熱帯にあっても、熱帯林のまわりというのはそこまで気温が上がらないし、熱帯なので高温ですが、40℃、50℃という砂漠ほどの高温にはならない。それはどうしてかというと、太陽の光は同じように地表に届くのですが、それがすべて気温の上昇に使われるわけではなくて、植物は蒸散というかたちで水を蒸発させるエネルギーとして使われるとか、植物があることによってほかのエネルギーに分散させることで、気候がよりマイルドになることがあって、同様に気温が下がりにくくなる。植物があると、そこが日射を浴びて光合成をするのですが、まわりの環境を植物が使うと同時に、植物があることでまわりの環境も変化させるという相互作用があります。それの、どういうエネルギーの流れとして、それが表されますかというと、光の流れ、水の流れ、熱の移動、こういうことが基本的要素としてあげられます。こうした光、水、熱の移動の物理と生物の相互作用を理解することで、地球温暖化などの気候変動にたいする地球上の生態系の役割を理解することができというわけです」と補足説明する。
北極域の温暖化が及ぼす生態系の変化。
それでは北極域の生態系がどのくらいCO₂を固定できるか、研究で予測は出ているのだろうか。「不確実性はありますが、予測は可能です。同じ面積で考えたときに、北のほうにある植物は光合成の量は少なくなります。そのため、北極域の森林は、太陽の日射も少ないし、寒冷な気温で成長しにくいということです」と小林さんは答える。
また、温暖化によって、北極域の生態系の多様性が失われているのだろうか。失われているとすれば、どんな種類なのだろうか。「植物、生物も含めて一定の環境でしか生きられない種があります。たとえば、氷河の上でしか生息できない微生物とか藻類です。それらは今、温暖化が起きて、氷河が後退していくと自分が棲める環境がなくなり、絶滅してしまうということがあります。温暖になると、より高いところで生きられる植物が北のほうにどんどん進出していくことになります」と小林さんは北極域の生態系の変化に懸念を示す。
また、北極域の温暖化によって永久凍土の地盤沈下が起こっているという研究報告があるが、その影響はどうなのだろうか。「その地盤沈下が起きている原因ですが、永久凍土のなかには氷の状態で水が大量にあって、それが温暖化によって氷が溶けると水がどこかに行って地盤が下がるという現象です。それが生じると、森林地帯では水が地上に出てくるのですが、その水は蒸発したり、川に流れていくのですが、土壌の表面は乾燥化するかもしれないわけです。それは植物の生育にとってはあまり良くないので、長期的に見ると、地面が下がって乾燥化が進んで、今のような健康的な森林でいられないかもしれません」と小林さんは述べる。
最後に、小林さんの研究のゴールはどうなるのだろうか。「今ずっと続けているモニタリングは長期に測らないと結果が見えてこないので、大変なんですけど、モニタリングは現役でいるあいだは長く続けたいなと思っています。すぐにゴールが訪れるというわけではないので、このさき成果がわかってくればいいなと考えて研究を続けています」と、小林さんは長期にわたる研究が必要であることを力説する。
失われたピースをひとつ一つ、つなぎ合わせていく地球温暖化研究はまさにヒトのライフサイクルのような長い年月が必要なのかもしれないが、答えが見つかったとき、地球環境はどうなっているのだろうか。今、まさに人類の英知の集約とゼロカーボンへの努力と行動が試されている。(文:森下茂男)
(注)IPCC:気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)のこと。世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により1988 年に設立された政府間組織で、2021 年8月現在、195 の国と地域が参加している。IPCC の目的は、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることだ。世界中の科学者の協力の下、出版された文献(科学誌に掲載された論文等)に基づいて定期的に報告書を作成し、気候変動に関する最新の科学的知見の評価を提供している。
国立環境研究所のホームページ
人工衛星の観測データから推定したアラスカの葉面積指数
葉面積指数は、各地域の上部にある植物の全ての葉の総面積をその土地面積で割ったもので、CO₂収支を調べるうえでの重要な指標となる。この画像は、人工衛星による2020 年7月3 日~7 月10日の観測データから推定した葉面積指数の分布図。
作図協力:柳 裕二 /北極環境変動総合研究センター ©JAMSTEC
小林秀樹プロフィール
1976 年新潟県生まれ。海洋研究開発機構・主任研究員。海洋研究開発機構ポストドクトラル研究員、カリフォルニア大学バークレー校ポストドクトラル研究員などを経て現職。東京工業大学・特任准教授、千葉大学・客員教授、アラスカ大学フェアバンクス校・客員研究員など歴任。
©JAMSTEC
国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
1971年に設立された海洋立国日本が世界に誇る海洋研究機関が「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」だ。宇宙のJAXA(宇宙航空研究開発機構)に対する海洋・深海のJAMSTECという日本の頭脳の二大巨頭といえよう。
JAMSTEC はJapan Agency for Marine-Earth Science and Technology の略で、「海洋」と「地球」を対象に「科学」と「技術」によって調査・研究する日本の海洋科学技術の研究機関だ。本部は神奈川県横須賀市にあり、日本全国5ヶ所に研究所や事業所などの拠点を持ち、職員数はおよそ1,000名が在籍している。