I N T E R V I E W
七里ヶ浜の海岸侵食に関する一考察
中央大学研究開発機構教授 石川仁憲(博士/工学)


七里ヶ浜の変遷(1946/47~2015)。出典:参考文献2

2015 年8 月に撮影された小動岬~七里ヶ浜~稲村ケ崎の航空写真。出典:参考文献2
編集部:小動岬~稲村ケ崎の海岸浸食の現状について、また問題点、潮の流れ、季節による風の影響、ここ数年の気候変動などを交えて解説をお願いします。また最新の調査などもあわせて解説していただけますか。
石川:七里ヶ浜では、1946年~2020年までに約4.9万m2 の砂浜が消失しました1)。砂浜の地形変化の要因として、1961~1964年の湘南港の防波堤建設があります。防波堤が建設されたことで波の遮蔽域が江の島東側に広がり、七里ヶ浜では西向きの沿岸漂砂が誘起され、実際に西側の汀線(ていせん)が前進し、東側の汀線が後退するといった反時計回りの汀線変化が起きました2)。しかし、西側の汀線前進量に比べて東側の汀線後退量が大きく、さらに現在も侵食が進んでいることから、これが侵食要因とは考え難いです。七里ヶ浜の特徴として、従来から波向による東西の沿岸漂砂(沿岸方向の土砂移動)により変動する地形変化を有します。これに高波浪による岸沖の土砂移動もあります(高波浪で沖向きに土砂が移動し、その後の静穏波で岸向きに土砂が移動)。このような環境下で海岸全域の土砂量が減少してきました。
七里ヶ浜の地形変化について、海岸中央付近に位置する駐車場の東西で区分すると、侵食が著しい東側(中央駐車場~稲村ケ崎間)では、2009年~2017年までに最大20m 程度の汀線後退が起き、近年では岩盤が露出している状況にありました。そして、2019年8月13日に台風10号の高波浪により、海岸背後の国道134号線の道路護岸が崩壊し、歩道が陥没する被災を受けました。侵食要因として、東向きの沿岸漂砂により稲村ケ崎を越えて土砂の流出が考えられた3)。侵食によりこれまでに失われた砂層厚は1.53m、侵食速度は2,100m3/yr と推定されています1)。なお、被災を受けた場所は海面下で南西方向にのびる深みが接近する場所と一致します。
一方、小動岬側の西側海岸でも2006年は浜幅が狭く、岩盤が露出していた。その後、2009年10月の台風18号の高波浪により、老朽化した擁壁が崩落し、道路が陥没するなど甚大な被害が発生した。道路護岸復旧後の現在は砂が覆い、東側海岸に比べて広い砂浜が広がっている。
七里ヶ浜は両端に小動岬と稲村ケ崎が位置し、小動岬西側は江の島による波の遮蔽域であり、稲村ヶ崎東側は凹状地形であることから、七里ヶ浜の砂が沿岸漂砂によって外に運ばれることはあっても、外から砂が流入する条件にない。道路護岸が整備された後も、過去は海岸背後の海食崖や行合川からの土砂供給があったと考えられますが、現在は護岸整備や背後地開発に伴い海岸に供給される土砂はほとんどありません。最新の調査結果によると、稲村ケ崎沖での潜水調査、衛星画像による波の入射方の推定と海浜流計算により、西寄りの高波浪が作用した場合、七里ヶ浜から稲村ケ崎を超える東向きの漂砂が起こり、稲村ケ崎沖を通過して七里ヶ浜の砂一部が東側へと流出する可能性が高いことが示されている4)。したがって、東向きの沿岸漂砂により海岸の砂が稲村ケ崎を越えて流出しているとすれば、供給土砂がほとんどない現在においては何もしなければ今後も侵食が進むといえよう。このほかの侵食要因としては関東地震で隆起した地盤の沈下(沈降量0.3 cm/yr)や飛砂(過去はかなりの量がR134の歩道に堆積)による土砂損失が考えられます2)。東西の沿岸漂砂により変動する海岸の地形変化に影響を与えている要因として、行合川からの河川流量が考えられる。一定流量が継続的に流れている場合、河川流は突堤と同様の影響をもたらす。仮に、河川流が水深2mまでの沿岸方向の土砂移動を制御し、行合川前面では、西向き漂砂の時は水深3mまで土砂が動き、東向き漂砂の時は水深2mまで土砂が動くとすれば、変動の過程において、海岸西側、つまり小動岬側の土砂が時間経過とともに多くなります。

2015 年8 月の稲村ケ崎の航空写真。1946 年の汀線との比較。出典:参考文献2
編集部:以前、石川さんは、とくに稲村ケ崎の砂の流出の問題解決には、大きな石、続く小さめの石の投入など、砂がつくような砂の流出防止の工事が必要だとおっしゃっていましたが、この先、小動岬~稲村ケ崎の海岸浸食を止めるために、石川さんご自身の考え、展望と課題をあげていただけますか。
石川:侵食が著しい稲村ケ崎側の東側海岸は、近年、岩盤が露出しています。砂浜の直ぐ下に岩盤があると、遡上した波の戻り流れが強まり、土砂の堆砂が難しく、侵食が助長されます。したがって、大量の養浜を継続的に行わない限り、安定的に砂浜を維持することは難しい。侵食対策として、神奈川県は、2022年から毎年約2.000 m3 の養浜を実施しています。養浜材の投入は、2022年は駐車場の東側隣接部、2023年はそれより東側の波あたりが強い場所、そして2024年は極楽寺川周辺で行われました。この3年間は比較的少量の養浜を継続していますが、養浜箇所を変えた場合の養浜効果を考慮して、養浜の増量による海岸保全効果の促進を期待したい。なお、侵食が著しい稲村ケ崎西側の海浜を復元するためには、稲村ケ崎西側において年間5.000m3の養浜を行うことが望ましいことが明らかになっています5)。
編集部:最終的に小動岬~稲村ケ崎はどのような景観になるのか?茅ヶ崎のTバーのような工事が必要なのか?または海岸浸食は止めることができないのか?率直な展望をお聞かせください。
石川:海岸構造物を設置して、消波により波のエネルギーを低減し、沿岸漂砂を制御すれば、海岸侵食を軽減することはできます。しかし、多くの人はそれを望むのでしょうか。七里ヶ浜の海岸保全については、防護上の理由だけでなく、風光明媚で素晴らしい七里ヶ浜の景観とサーフィンや散策、漁業などの利用環境を、将来にわたってどのように維持していくかという視点が大切と考えます


参考文献
1) 宇多高明、近藤俊彦、小野能康、五十嵐竜行、伊達文美:七里ヶ浜の侵食機構に関する一考察。
土木学会論文集(海洋開発)。Vol. 79、No. 18、2023. https://doi.org/10.2208/jscejj.23-18035
2) 宇多高明、石川仁憲、三波俊郎、細川順一、蛸哲之:
七里ヶ浜の長期的海浜変形と海浜置砂による砂浜拡幅。
土木学会論文集 B3(海洋開発)。Vol. 73、No. 2。pp. I_570-I_575,2011.
https://doi.org/10.2208/jscejoe.73.I_570
3) 宇多高明、田村貴久、大谷靖郎、伊達文美、小金宏秋:七里ヶ浜の侵食に伴う国道134 号線の護岸の被災。
土木学会論文集 B3(海洋開発)。Vol. 76、No. 2。pp. I_312-I_317,2020.
https://doi.org/10.2208/jscejoe.76.2_I_312
4) 宇多高明、近藤俊彦、小野能康、横田拓也、五十嵐竜行、野志保仁:七里ヶ浜の東端を区切る稲村ケ崎周