
環境トピックス
その1
土を生命体のひとつとして取り上げ、新しい視点を提示した『土と生命の46億年史』
1950 年代、小学生だった私は、ニューヨークで土が売られているというニュースに衝撃を受けた。都内の北東部に住んでいた私の周りには畑が広がり、土は有り余るほどあったからだ。そして1980 年代初頭、ニューエージ・サイエンスの本『植物の神秘生活』の中で、花屋が来ると部屋に飾られている花瓶の花が気絶するという文章に驚愕した。そして今、サイエンスは進歩を遂げ、土の研究が盛んに行われている。たとえば、森林の生態系を支える菌根菌ネットワークが解明されつつある。代表的な外生菌根菌とアーバスキュラー菌根菌の地下系のネットワークによって森林生態系が保たれているという。また、スザンヌ・シマードさんの著書『マザーツリー』では、巨木(マザーツリー)を中心に栄養分や情報をやりとりするネットワークをつくっていることを解き明かしている。
今回取り上げた『土と生命の46 億年史』は、新しい視点が随所に盛り込まれている。もっとも特筆すべきは、タイトルに表されている。「土と生命の46 億年史」だ。全知全能にも思える科学技術をもってしても、作れないものが二つあるという。生命と土だ。1980 年代のニューエージ・サイエンスで読んだ宇宙飛行士が書いた本が思い出される。彼はNASA の求めに応じて生命探査船の設計に取り掛かるが、難題が「生命とは?」という生命探査船の根源に関わるものだった。量子物理学などを駆使して得た結論が「あるときは存在して、あるときは存在しない」という哲学的答えだった。土もまた生命と同じようにカオスの領域だというのだ。
「そもそも、土とは何なのか。どうやって地球上に土が生まれ、そこから生命や文明が生まれたのか。この課題に積極的に回答しようとしてきたのは科学よりも宗教かもしれない。世界の神話の多くで、神は土を創り、そして土から人を創りたもうたとしている」と作者は本の中で書いている。
この本では、「人間に土を作ることはできるのか」という問いを掲げ、土の本質に迫り、土を作るために必要となる条件や技術を絞り込んだ。その結果、土は単なる砂と粘土と腐植の混合物ではなく、自律的な土壌再生、持続的な物質循環こそが土の本質であり、人工土壌が模倣すべき特性であることが分かったと同定する。土そのものに知性があると説く。
私の田園の原風景は、お百姓さんが完全に発酵した人糞と灰を混ぜた有機肥料を畑に撒いている姿であり、畑の片隅には肥溜めが掘ってあった。しかし、便利な化学肥料が登場し、今や15秒ごとにサッカーコート1面分の畑が土壌劣化で失われていると、この本は指摘する。そして、畑やゴルフ場、人家の周りに撒枯れる除草剤などの農薬が海に流れ出し、すでに海藻類が死滅し、砂漠化している。
「土は気候や植生によって粘土や微生物の種類や量が異なるが、微生物は他の微生物や土と相互作用しながら、物質を循環し作物を生みだす。土は“知性” を持つかのように振る舞う、究極のインテリジェント材料である。実際、土の機能は、人間の脳や人工知能の自己学習機能と似ている。知性の源であるヒトの大脳は100 億個以上の神経細胞それぞれが数万個のシナプスでつながることでネットワークを形成し、協働することで思考が可能になる」と記述する。
そして、「大脳を司る100億個の神経細胞の相互作用と大さじ1杯の土の100億個の細菌の相互作用。多様な細胞があたかも知性を持つように臨機応変に機能する超高度な知性を、私は脳と土しか知らない」と作者は結論づける。
私たちは今まであまりにも人間本意に全てを見て考え行動してきた。視点を変えて、目に映る全ての木や森、花に群がるミツバチやてんとう虫、そして植物の根に共生しているカビや微生物、全てはマザー・オブ・アース、地球は生きているということを改めて知るべきだろう。土もまた地球の一部であり、全ての生命体と同じように知性を持ち、生きているということなのだろう。 (文:森下茂男)

『土と生命の46 億年史』
藤井一至著 講談社ブルーバックス1,200 円(税抜き)



