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ヒトの呼吸による二酸化炭素(以下、CO2)の排出は、大気中のCO2濃度にほとんど影響しない理由。

国立環境研究所・地球システム領域 動態化学研究室(現・物質循環観測研究室)の遠嶋康徳(博士/理学)さん

ひとりの日本人が生活の中で排出するCO2の量は、日本の排出総量(10億8400万トン/2021年)を日本の総人口(1億2570万人/2021年)で割った数字だが、それによると、一時期に比べ減っているといえ、ひとり1日あたり23kg、年間8.4トンのCO2を排出していることになる(環境省)。そして、ひとりの人間が呼吸によって吐き出すCO2の量は1日あたり約1kgとされており、1年間で320kgのCO2を呼気として大気中に排出しているが、そのCO2は日本人一人のCO2には含まれていない。全世界中の人口80億人の人たちが毎日CO2を大気中に放出しているが、このCO2の量は、ある推定では、化石燃料の燃焼によるCO2の増加の1割近くになるらしい。

 しかし、人間の呼気から出るCO2は大気中のCO2量の増加にはほぼ影響しないという。それはなぜなのだろうか。国立環境研究所・地球システム領域 動態化学研究室(現・物質循環観測研究室)の遠嶋康徳(博士/理学)さんによると、「そのCO2は食物として体内に取り込んだ有機物を分解し、エネルギーを取り出す過程で最終的に排出されるものであり、その食物の起源をたどってゆくと植物が光合成によって大気中のCO2と水から作りだした有機物にたどりつきます。つまり、私たちが呼吸によって吐き出すCO2はもともと大気中に存在したものなのです。ですから、いくら呼吸をしても大気中のCO2を増やしも減らしもしません。このように、自然の炭素循環の中での出来事は、大気中のCO2濃度にほとんど影響しません」と説明する。

以下は、国立環境研究所「ココが知りたい地球温暖化 温暖化の科学編Q1」『呼吸で大気中の二酸化炭素が増加する?』からの引用です。

https://cger.nies.go.jp/ja/library/qa/26/26-1/qa_26-1-j.html

増加する大気中のCO2濃度

最初に、現時点でわかっている大気中CO2の収支関係をおさらいしておきましょう。産業革命以降、われわれ人類は石炭や石油、天然ガスといった化石燃料の消費を加速度的に増加させ大量のCO2を排出してきた結果、大気中のCO2濃度を上昇させてきました。しかし、大気中のCO2濃度の精密観測が実施されるようになると、その増加率が化石燃料の消費量から予想される増加率よりも小さいことが明らかとなりました。このことから、海洋や陸上生物圏がCO2を吸収しているのではないかと考えられるようになりました。海洋はCO2を溶かし込むことで吸収源になることが可能です。また、陸上生物圏は、森林減少等でCO2を放出する一方、森林の成長によってバイオマスや土壌有機物を増加させることでCO2の吸収源となることができます。ここでは、現在の化石燃料起源のCO2の排出量と大気への蓄積量、さらに海洋・陸上植物圏の吸収量のそれぞれについて見ておきましょう。図1に2011年から2020年の10年間の平均的なCO2の流れを示しました。化石燃料起源のCO2が毎年約360億トン排出され、大気中には毎年190億トン蓄積しています。この両者の差分である170億トンは海洋と陸上植物が吸収していることになります。なお、海洋と陸上植物それぞれの吸収量の推定値には20億トン以上の不確かさがあり、それらの推定精度を高めるための研究が現在も続けられています。

 

人間は呼吸でどのくらいのCO2を排出しているのか

それでは、全人類が呼吸によっていったいどのくらいのCO2を排出しているのでしょうか? 呼気に含まれるCO2の量は条件によってさまざまに変わるため正確な値を求めることは困難ですが、地球規模のCO2収支とおよその比較を行うためと割り切って概算を行ってみましょう。人の呼気中のCO2濃度は運動量とともに増加し、安静時の約1%から重作業時の9%まで変化します。ここでは、軽作業時の呼気中のCO2濃度である約3%を一日の平均値として採用することにします。また、男女の平均呼吸率(平均的な生活行動をした場合に一日に呼吸する空気の量)は約19m3/dayと推定されています。CO2 1m3の重さは約1.8kgで、CO2濃度の平均値は3%ですから、人が一日に吐き出すCO2量は約1kgとなります。世界人口は2022年に80億人に到達したと推定されていますから、人が一日に吐き出すCO2を1kgとして1年間に全人類が吐き出すCO2の量を計算すると約29億トンとなります。この量は化石燃料の消費によって全世界から排出されるCO2量の約8%に相当します。ですから、原理的には呼吸を止めるか、または、(呼吸を止めては生きてゆけないので)何らかの方法で呼気に含まれるCO2をすべて回収できるとすれば、大気中のCO2増加率をある程度減らすことができる計算になります。

地球表層でのCO2の正味の収支図_RGB.jpg

図1:2011年から2020年の10年間の平均的な地球表層におけるCO2の正味の収支。数値はFriedlingstein et al. (2022) Global Carbon Budget 2022, Earth System Science Data をもとに作成。

提供:国立環境研究所

人間の呼吸は大気中CO2濃度を増加させているといえるのか

全人類が吐き出すCO2がかなりの量になることがわかりましたが、それをもって人間の呼吸が大気中のCO2濃度の増加に寄与していると考えてよいのでしょうか?そもそも呼吸とは、食物から体内に取り込まれた栄養素を酸素によって分解することでエネルギーを取り出し、最終生成物であるCO2を排出するプロセスです。ですから、呼吸によって排出されるCO2は食物に含まれる炭水化物やタンパク質、脂質といった有機物に含まれる炭素に由来するものなのです。これらの食物が穀物や野菜などの植物であれば、そこに含まれる炭素の起源が大気中のCO2であることは明らかです。また、その食物が魚や動物の肉であったとしても、それらが成長するための食物をたどっていけば必ず植物に行き当たります。つまり、地球上に存在するいかなる動物も、植物が太陽エネルギーを利用して光合成によって生産した有機物を利用しており、人間も例外ではないのです(このような関係を食物連鎖とよびます)。したがって、人が吐き出すCO2は、元をたどれば大気中に存在していたCO2ですから、結局大気中のCO2を増やしも減らしもしていないことになります。

 ところで、われわれは食物に含まれる有機物のすべてを消化して体内に吸収するわけではなく、かなりの部分を体外に排出しています。これらの排出物も最終的には微生物的分解を経て大気中にCO2として帰ってゆきます。そして、大気中にもどされたCO2は再び植物によって利用されます。このような物質の循環を生物的循環とよび、人間もその循環を構成する一員とみなすことができます(図2)。CO2(炭素)が生物的循環のループを定常的にめぐっている限り、大気中のCO2の増減はほとんどありません。一方、化石燃料の消費によるCO2は、このような生物的循環の外にあるため(注)、その消費が大気中の濃度を変化させる可能性が高いといえるのです。また、森林減少は植物の光合成による生産量を減らしバイオマスや土壌有機物の分解を促進するため、大気中のCO2濃度を増加させる可能性があります。幸い、現時点で陸上生物圏はCO2の吸収源として働いているようですが、将来温暖化が進むと寒冷な地域での土壌有機物の分解速度が速まり、陸上生物圏がCO2の発生源となる可能性もあります。

 

本当に食料生産・消費は大気中の増加に寄与しないといえるのか

それでは、食料に含まれる炭素はもともと大気中に存在したものだから、食料の生産・消費は大気中のCO2の濃度にまったく寄与しないといえるのでしょうか?今われわれが口にする食料には、かなりの量の輸入食材が含まれていることはよく知られているように、その輸送の過程で化石燃料起源のCO2が排出されているはずです。また、冬場のビニールハウス栽培で温度を維持するための熱源やトラクター等の農業機械の利用などにも化石燃料が使用されていますし、化学肥料の生産過程でも相当量のCO2が排出されています。このように、現代の農業自体が化石燃料なしには成立しない状況なのです。つまり、食料自体に含まれる炭素の起源は大気中のCO2なのですが、その生産・流通過程で大量の化石燃料が使用されているのが現状です。ですから、食料を無駄にしないことは当然として、できるだけ余計なエネルギーを利用せずに自然の生物的循環の中で生産された食料を消費するように努力することが化石燃料起源のCO2の排出を減らすことにつながるのです。

生物的な炭素循環_RGB.jpg

図2:炭素の生物循環の模式図。 灰色の矢印はCO2、緑色の矢印は有機物の流れを示す。生物的炭素循環におけるCO2の出入りであれば(人間の呼吸もその一つである)大気中のCO2濃度を極端に変化させることはない。

提供:国立環境研究所

注1:化石燃料は主に太古の生物の死骸が堆積物中で変性することで生成した、つまり生物起源であると考えられています(これを有機成因説とよび現在最も有力な仮説ですが、マントルを起源とする無機成因説も存在します)。しかし、現生の生物は化石燃料を直接利用することはありませんし、化石燃料の生成には上記の生物的循環に要する時間よりも圧倒的に長い時間(地質学的な時間)が必要とされます。通常、化石燃料や堆積岩中の炭素等も含めた炭素循環を「生物地球化学的循環」とよび、「生物的循環」と区別します。

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