山女、人生の歩き方。
やまじょ
地元・高山でエコツアーのガイド、そしてトレイル・デベロッパーとして活躍する元プロスノーボーダー・杉山知子の、“山で生きる”ということ。
新穂高から双六岳に向かう途中にある鏡池。池に槍ヶ岳、穂高連峰が映る。この日は、鳳凰が映る。
1974 年、高山で生まれ、そして高校まで高山で育った杉山知子は2 年ほど東京で暮らしたのち、オレゴンでプロスノーボーダーとして生活をはじめる。「高山のスキー場は大きくはありませんが、コースも充実していて、ローカルが楽しむには充分で、小さい頃からパウダースノーのゲレンデで滑っていました。プロスノーボーダーになって、20 歳のときにオレゴンに渡り、20 代はほとんどオレゴンで生活していました」
プロスノーボーダーとして順調に成績を残し生活を送っていた杉山に転機が訪れたのはNY の同時多発テロ。この事件を境にアメリカ中が騒々しくなり、杉山は住み慣れたオレゴンを離れ、1 年ほどワーキングホリディビザを利用してカナダで生活をしたあと、生まれふるさとの高山に戻り、縁あってこの地で家庭を築いた。
子どもを産み育て家庭を築き、大好きなこの地にしっかりと根をおろした杉山は、次に仕事をスタートさせた。「子どもがある程度大きくなってから始めたのが、通訳ガイドです。インバウンドが増えてきて、高山でも観光客を相手にしたガイドなどが仕事になるという時期で、通訳ガイドの勉強をして通訳ガイドをしながら、サイクリングツアーを企画したら、それがとても好評だった」
杉山は「Flying Peaks」という会社を設立し、サイクリングでのエコツアーをはじめた。「高山という場所は自動車じゃないといけない場所ばかりなので、地域の良いところが見えにくい。集中型の観光になっているので、それをどう地域の個性を引きだして、楽しんでもらえるかというのが課題でした」
そんな課題に頭を悩ます杉山が見つけた答えが自転車だった。「サイクリングで高山を巡るというのは最高に楽しい。電動自転車なので、漕ぐのがラクだし、坂が多い地域にも行けるし、距離があっても自転車なら行ける。ツアーに参加したお客さんもその地域をすごく気に入ってくれたり、いろいろ感じてくれています。サイクリングでゆっくり巡る、そんな旅のスタイルが高山には合うんじゃないかと思います」
高山市の全景。展望台スカイパークの正面にそびえ立つ乗鞍岳。冬の始まりを告げる景色、一気に空気が寒くなる時だ。乗鞍岳は飛騨山脈南部の長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる剣が峰(標高3,026m)を主峰とする山々の総称だ。
最近、杉山がイチ押ししているエコツアーが五色ヶ原だ。五色ヶ原は中部山岳国立公園乗鞍岳の北西山麓3,000ha に広がる森林地帯で、自然保護と利用の両立を計るために歩道や山小屋等の施設整備時における自然への配慮はもとより、入山規制や入山時におけるガイドの同伴、一日当たりの最大利用人数の制限、利用料金制などを高山市の条例で義務付けた、国内でも先駆けといえる本格的なネイチャートレイルエリアだ。「森の研究で日本で第一人者だった故宮脇昭博士がこの五色ヶ原の植生調査をおこない、すばらしい自然環境を守りながらみんながこの恩恵を受けていく考え方を提唱されました。当時の様子を知る80 代の人たちがまだ生きているので、どんな思いで作ってきたのかとか、当時の様子などを聞いて勉強しています」
杉山が好きな森は、広葉樹の森と針葉樹の森がほどよく共存している五色ヶ原のような森だという。「五色ヶ原は乗鞍の溶岩の上にできた森なので、水分がいっぱいあって、夏も涼しくて、なんで水がこんなに多いんだろうって思うぐらいです。ここ最近フィーチャーされていますが、1 日に入場する人数には限りがあり、そして最低限のスペースを道として使うことから、自然が守られています」
杉山が大事にしているのは森を見る、森を感じる力だという。「時間をかけていくと山のことがすごく見えてくる。山が近くて、森はこんなに涼しいんだってわかります。森を、時間をかけて歩いていくと、参加者はだんだんなにかを感じていくんです。自然と人間との係わりや、水のきれいさや自然の奥深さというようなことを五感に感じることができます。エコツアーはいろいろな人に山を感じるきっかけになると思います」
一年を通して水位が変わる雄池( おいけ)。 水面の位置と紅葉のタイミングが合った。( 乗鞍山麓五色ヶ原の森)
杉山の仕事のもうひとつの顔が最近はじめた高山市と松本市をつなぐトレイルの開拓だ。「高山市と松本市は、乗鞍岳を挟んだ両サイドの街です。それをつなぐトレイルを今、開発中です。乗鞍を越えるというのは大変で、基本、プロの人向けですよね。でも少し歩けるという人に向けて上高地からのルートを想定しています」と、そのルート選定の難しさを語る。
このプロジェクトは環境省が主導してはじめた高山と松本をつなぐビッグブリッジというツーリズムの新たな展開のひとつで、地域を活性化につなげていくという思惑が見える。信飛トレイルと名付けられたトレイルは115km あり、高山側は60km ほどだ。「やることは、コースを作ることと、歩きやすく整備すること、サインを設置することです。課題は、どう山(乗鞍)を越えるかということで、なるべく自動車道とかぶらないようにコースを作りました。地域の人とつながりを持つという意味ですごく大きいと思います。高山側はほぼつながりました」
課題のひとつはコミュニケーションだと杉山は感じている。高山と松本のあいだには3,000m の乗鞍岳が立ちはだかっているのだ。「高山の人々はなつっこいですが、一歩踏み出すのに時間がかかります。もっとお互いが交流することができて知り合うことが大切なことだし、つながってなにかをするというのもすごく意義のあることです。もともと昔は筑摩県というひとつの県でしたが、山を境に食文化なども異なり、あっちではブドウの葉を使うけど、こっちではほう葉を使うなど違います」と、杉山は文化の違いを述べる。
さて、杉山が誇る高山の魅力は何なのだろう?松本との文化の違いを語る中でこんな言葉が飛び出した。「高山側はダムがないんです。なぜかというと、高山は川が急峻で、その急流の水を利用して何ヶ所かで発電していたので、ダムを造らないですみました」。また続けてこんなことも言う。「高山は面積で、日本でいちばん大きな市です。でも85%以上、山林です。だから、高山の人は昔も今も山と係わって生きていくというのが当たり前になっています。最近は、自分でも山に係わる仕事が増えたので、考えるようになりました。またそういう若い人も増えてきています」
そんな高山市民の山と共生する意識が高い人も多い。「今、問題なのは、山の地主が何代も前の名義で入れない山もあり、自伐型林業(採算性と環境保全を高い次元で両立する持続的森林経営)の人が山を探すのにすごく苦労されているようです。でも、信用されて山を任されるようになっている人も増えてきてはいます。林業というのも、住んでいる人が身近になるようになればいいですね。せっかく高山市に住んでいるので、山を整備するための最低限の技術や知識、たとえばチェーンソーの使い方を学ぶ機会があればいいと思います。そうすれば森林も活性化します。今、薪を作る会など、いくつかのグループはできています」
そして最後に杉山は次のように締めくくる。「生活する人と自然が共生できるいわゆる里山ですよね。サイクリングなどで走ると、高山にもいくつかきれいな里山があります。こういう景色が残っていくといいなって思っています。自分の子どもたちが地域にある自然と共存するスタイルを誇りに思ってもらうためにも、自然の中でたくさん遊んで欲しいです。そんな機会を与えていけたらと思います」
企画:佐藤 整
文:森下 茂男
神が宿ると言われるヤドリギと杉山知子。昔から大切に残されてきた。森には不思議がいっぱいあふれている( 五色ヶ原)
Flying Peaks(杉山知子)